平賀郡(読み)ひらかぐん

日本歴史地名大系 「平賀郡」の解説

平賀郡
ひらかぐん

文献上の初見は建保七年(一二一九)四月二七日の北条義時下文(新渡戸文書)みえる「平賀郡内岩楯村」で、津軽三郡中、最も早く現れ、かつ関係文書も最も多く残存している。おそらく津軽地方で鎌倉幕府勢力が最も早く及び、開拓も進んだ地域と考えられる。鎌倉時代には御家人曾我氏の所領が多く設定されていた。天文年間(一五三二―五五)の津軽郡中名字によれば、現在の南津軽郡碇ヶ関いかりがせき村・大鰐おおわに町・平賀町尾上おのえ町、弘前市南部、黒石市西南部、中津軽郡相馬そうま村の一部の地域にあたることが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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