広瀬八百屋町(読み)ひろせやおやちよう

日本歴史地名大系 「広瀬八百屋町」の解説

広瀬八百屋町
ひろせやおやちよう

[現在地名]和歌山市広瀬通(ひろせとおり)丁三丁目

広瀬通町二丁目の東、大(おお)橋西詰にある町人町。小名に宮(みや)ノ壇(だん)・馬屋町(うまやまち)がある。「紀藩街官司秘鑑」によれば、もとは和歌川右岸の大橋北付近を船場(せんば)といっていた。町名ができたのは文政一三年(一八三〇)薬師(やくし)町が正式町名となったのと同じ頃であろう。大橋付近は近隣諸郷の物資集散地で、当町も新町(しんまち)地区の田中(たなか)町のように蔬菜市場があったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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