日本歴史地名大系 「広馬場村」の解説 広馬場村ひろばばむら 群馬県:北群馬郡榛東村広馬場村[現在地名]榛東村広馬場榛名(はるな)山の東南麓に位置し、東は金古(かねこ)村(現群馬郡群馬町)、西は矢原(やばら)村(現同郡箕郷町)、南は柏木沢(かしわぎざわ)村(現同上)、北は新井(あらい)村と鶴沢(つるさわ)川で境する。文明九年(一四七七)上杉顕定・上杉定正・長尾忠景らと足利成氏・長尾景春らの戦いで、一二月顕定勢は当地に陣を布いている(「太田道灌状」島原市教育委員会蔵など)。寛文郷帳では田方三〇四石余・畑方六二一石余で安中藩領。元禄郷帳では高一千三五石余で、うち幕府領九八一石余、龍門(りゆうもん)寺(現箕郷町)領五〇石、東明屋(ひがしあきや)村(現同上)の石上(せきじよう)寺領四石余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by