相馬(読み)そうま

  • そうば
  • そうば サウ‥
  • そうま サウ‥
  • そうま サウま
  • 地名
  • 姓氏

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

青森県南西部,弘前市南部の旧村域。白神山地北斜面にある。南は秋田県に接する。 1889年湯口村,黒滝村,五所村,水木在家村,紙漉沢村,坂市村,藤沢村,大助村,藍内村,沢田村の 10村と合体し相村となる。 2006年弘前市,岩木町と合体して弘前市となった。大部分山地で,岩木川支流に沿う谷底平野では,米作リンゴの栽培が行なわれる。

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デジタル大辞泉の解説


福島県北東部の市。中心地区の中村はもと相馬氏の城下町。臨海工業や水産業が行われる。相馬野馬追いの行事は有名。人口3.8万(2010)。
福島県の太平洋岸沿い北部の郡名。かつては相馬市・原町市も含まれた。相馬氏の所領にあたる。
下総(しもうさ)の地方名。利根川中流部、茨城県取手市・守谷市や千葉県柏市・我孫子市周辺にあたる。

相馬縮」の
相馬焼」の略。

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大辞林 第三版の解説

馬の形相を見て、そのよしあしを見分けること。そうま。
そうば相馬
◇福島県北東部の市。もと相馬氏の城下町。林業・農業・水産業が中心。野馬追い行事が有名。
「相馬縮」の略。
姓氏の一。恒武平氏将門流の奥州豪族相馬氏は、千葉常胤の子師常が下総国相馬郡を領したことに始まり、頼朝の奥州征伐での戦功以後、陸奥国行方郡を本拠として発展。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

青森県南西部、中津軽郡にあった旧村名(相馬村(むら))。現在は弘前(ひろさき)市の南西部を占める地域。2006年(平成18)弘前市に合併。南部は白神(しらかみ)山地、北部は岩木川右岸にあたる。南北朝以来の歴史的伝説が多く、紙漉沢(かみすきさわ)は南朝の長慶天皇(ちょうけいてんのう)の終焉(しゅうえん)の地といわれる。秋田県境の長慶森にはかつて金山があったといい、西部の舟打鉱山は1962年(昭和37)まで鉛や亜鉛を採掘した。山地は国有林で占められ、狭い谷間に集落や耕地が分布している。水田が高所まで開かれ、傾斜地はリンゴ園となっている。[横山 弘]
『『相馬村誌』(1982・相馬村)』

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙 馬の姿形を観察して、そのよしあしを見抜くこと。馬の観相。
※米欧回覧実記(1877)〈久米邦武〉三「水車、水碓、風車、風磨の雛形、相馬の図、土質の図」 〔史記‐滑稽伝〕
[1]
[一] 福島県北東端の地名。江戸時代、相馬氏六万石の城下町として発展した中村が中心地。相馬野馬追祭は有名。昭和二九年(一九五四)市制。
[二] 福島県の北東部、太平洋に臨む郡。かつては相馬市原町市も含まれた。
[三] 下総国の中央部にあった郡。利根川両岸にまたがる地域。現在の茨城県取手市・守谷市、千葉県柏市・我孫子市周辺にあたる。
[2]
の一つ。陸奥国、相馬氏の代表的家紋、つなぎ馬紋のこと。
姓氏の一つ。

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