コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

相馬 そうま

9件 の用語解説(相馬の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

相馬
そうま

青森県南西部,弘前市南部の旧村域。白神山地北斜面にある。南は秋田県に接する。 1889年湯口村,黒滝村,五所村,水木在家村,紙漉沢村,坂市村,藤沢村,大助村,藍内村,沢田村の 10村と合体し相馬村となる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

そうま【相馬】[地名]


福島県北東部の市。中心地区の中村はもと相馬氏の城下町。臨海工業や水産業が行われる。相馬野馬追いの行事は有名。人口3.8万(2010)。
福島県の太平洋岸沿い北部の郡名。かつては相馬市・原町市も含まれた。相馬氏の所領にあたる。
下総(しもうさ)の地方名。利根川中流部、茨城県取手市・守谷市や千葉県柏市我孫子市周辺にあたる。

相馬縮」の略。
相馬焼」の略。

そうま【相馬】[姓氏]

姓氏の一。
[補説]「相馬」姓の人物
相馬御風(そうまぎょふう)
相馬黒光(そうまこっこう)
相馬大作(そうまだいさく)

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

相馬【そうま】

福島県浜通り北部の地方名。旧相馬藩領で,ほぼ相馬・原町(現・南相馬市)と相馬郡に当たる。阿武隈高地中の山中(さんちゅう)郷,東部低地の内郷に分かれ,藩政時代馬産地として有名。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

大辞林 第三版の解説

そうば【相馬】

馬の形相を見て、そのよしあしを見分けること。そうま。

そうま【相馬】

そうま【相馬】

◇ 福島県北東部の市。もと相馬氏の城下町。林業・農業・水産業が中心。野馬追い行事が有名。
「相馬縮」の略。

そうま【相馬】

姓氏の一。恒武平氏将門流の奥州豪族相馬氏は、千葉常胤の子師常が下総国相馬郡を領したことに始まり、頼朝の奥州征伐での戦功以後、陸奥国行方郡を本拠として発展。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

相馬
そうま

青森県南西部、中津軽郡にあった旧村名(相馬村(むら))。現在は弘前(ひろさき)市の南西部を占める地域。2006年(平成18)弘前市に合併。南部は白神(しらかみ)山地、北部は岩木川右岸にあたる。南北朝以来の歴史的伝説が多く、紙漉沢(かみすきさわ)は南朝の長慶(ちょうけい)天皇の終焉(しゅうえん)の地といわれる。秋田県境の長慶森にはかつて金山があったといい、西部の舟打鉱山は1962年(昭和37)まで鉛や亜鉛を採掘した。山地は国有林で占められ、狭い谷間に集落や耕地が分布している。水田が高所まで開かれ、傾斜地はリンゴ園となっている。[横山 弘]
『『相馬村誌』(1982・相馬村)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

相馬の関連キーワード潮来佐久新庄田川大田原北茨城西都須坂徳島福島県いわき市平

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

相馬の関連情報