延利村(読み)のぶとしむら

日本歴史地名大系 「延利村」の解説

延利村
のぶとしむら

[現在地名]大宮町字延利

明田あけだ村の北東、竹野川の源流高尾たかお(六二〇・二メートル)から流れる五十河いかが谷の入口に位置。現与謝郡岩滝いわたき町と現竹野郡弥栄やさか町とを結ぶ間人たいざ街道(宮津街道)が走り、三重みえ谷へ通じる街道が交差する。

丹後国田数帳に

<資料は省略されています>

とある中世の延利保の地とされる。

慶長検地郷村帳に高四〇〇・三三石「延利村」とあり、延宝九年(一六八一)の延高で五三〇石余となった(天和元年宮津領村高帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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