廿五里村
ついへいじむら
[現在地名]市原市廿五里
野毛村の南、養老川左岸に位置し、渡船場が置かれた。永禄三年(一五六〇)一〇月一四日の北条家朱印状写(下総旧事)に津比地郷とみえ、村上民部大輔の所望により守護不入とされている。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高二五八石。正保国絵図では高二五〇石余。元禄郷帳では津以比地村として高三九八石余。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では高四四五石余で家数七八、幕府領と旗本川口領。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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