廿山村(読み)つづやまむら

日本歴史地名大系 「廿山村」の解説

廿山村
つづやまむら

[現在地名]富田林市廿山・高辺台(たかべだい)一―三丁目・久野喜台(くのきだい)一―二丁目・寺池台(てらいけだい)一―五丁目・五軒家(ごけんや)一―二丁目・向陽台(こうようだい)一―五丁目・藤沢台(ふじさわだい)一―七丁目・青葉丘(あおばおか)・新青葉丘(しんあおばおか)町、南河内郡狭山(さやま)町金剛(こんごう)一―二丁目

錦部(にしごり)郡に属し、甲田(こうだ)村の西にある。北は丹南郡菅生(すごう)村(現南河内郡美原町)。丘陵地に位置する。廿山は二十山・津々山とも記す。廿山共同墓地にある永正一七年(一五二〇)の銘をもつ宝篋印塔に「錦部郡廿山村」とみえる。

文禄三年(一五九四)には当村のうち三八石三斗五升が北条氏規領(北条家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む