引揚援護庁(読み)ひきあげえんごちょう

百科事典マイペディア 「引揚援護庁」の意味・わかりやすい解説

引揚援護庁【ひきあげえんごちょう】

太平洋戦争後,在外邦人や派遣軍人等の帰国事務を主管した厚生省外局。1946年設立の引揚援護院が前身。1948年復員局(復員省)を吸収して庁に昇格,1954年廃止されて厚生省援護局となった。外地からの引揚げは1945年に始まり,初め軍人は第一・第二復員省が,一般邦人は厚生省が主管した。援護に当たっては一時金・旅費・日常物資等の給付,施設・就職の斡旋(あっせん)等があった。引揚者総数は約630万人で,一般邦人,軍人がほぼ同数。

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世界大百科事典(旧版)内の引揚援護庁の言及

【引揚げ】より

…輸送は残留艦船では足りずアメリカから貸与を受け,食糧・被服・日用品類の交付,医療,上陸後の輸送等の援護には戦災援護会(後の同胞援護会),在外同胞救出学生同盟や婦人団体等が協力した。46年には厚生省の外局として引揚援護院が設置され,48年には復員庁と統合して引揚援護庁となり引揚復員業務全般が一元化された。サンフランシスコ講和条約発効後は閣議決定〈海外邦人の引揚に関する件〉(1952年3月)により行われ,54年には再び厚生省引揚援護局となり,引揚げの進(しんちよく)および援護行政を担当し,61年6月に厚生省援護局となり現在にいたっている。…

【復員】より

…ソ連軍管理地域と内戦の影響を受けた中国本土からの復員は困難を極め,未帰還の不明者が残された。第一復員省,第二復員省は46年6月に復員庁に統合され,48年5月には引揚援護庁が設置され引揚復員業務が一元化された。現在は厚生省援護局が遺骨収集・戦没者慰霊事業等の業務を担当している。…

※「引揚援護庁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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