引砂村(読み)ひきすなむら

日本歴史地名大系 「引砂村」の解説

引砂村
ひきすなむら

[現在地名]珠洲市三崎町引砂みさきまちひきすな

高波こうなみ村の北にある。発達した砂丘をもつためか、古くは浜田はまだ村と称したといい、当地浄福じようふく寺蔵の慶長一八年(一六一三)の教如絵像裏書に「浜田浄福寺」とある。永正一五年(一五一八)三月能登を旅した冷泉為広の「能州下向日記」に「浜田」とある。戦国後期頃の能登内浦村々給人注文写(諸橋文書)によれば、能登畠山氏一族である畠山大隅の知行地であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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