弘生村(読み)ひろおむら

日本歴史地名大系 「弘生村」の解説

弘生村
ひろおむら

[現在地名]西合志町合生あいおい

江良えら村の北西に隣接し、集落は台地南縁部にあって、塩浸しおひたし川流域の水田地帯に南面している。観応三年(一三五二)二月に書写された天満宮安楽寺領目録(太宰府神社文書)に「弥生庄」とみえる。近世は竹迫手永に属し、「国志草稿」に「千五十七石ヨ 高木、迫村等ノ小村アリ」とある。寛延三年(一七五〇)の下ケ名寄帳によると、村高一千五七石余のうち四九二石余が長谷川氏ほか藩士七人の給知。天保期(一八三〇―四四)以降の村柄を示す明治三年(一八七〇)竹迫手永手鑑では、竈数一一二・人数四二三、馬七六、村高一千五七石一斗余、田三四町八反余・畑四二町八反余、ほかに諸開二二町二反六畝余があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む