弥平太村(読み)やへいだむら

日本歴史地名大系 「弥平太村」の解説

弥平太村
やへいだむら

[現在地名]大穂町かなめ 弥平太

上口かみくちほり村の東南に所在。江戸後期には天領岡田寒泉が代官であった(岡田寒泉功徳碑)。「各村旧高簿」によれば幕末には天領で村高七〇・二八一石。明治一七年(一八八四)猿壁さるかべ村・弥平太村・南口みなみくちほり村・上口ノ堀村・中根なかね村は合併して要村となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む