御城下洪水之後所々堤高下出来絵図(読み)ごじようかこうずいののちところどころつつみこうげいできえず

日本歴史地名大系 の解説

御城下洪水之後所々堤高下出来絵図(城下洪水以後堤絵図)
ごじようかこうずいののちところどころつつみこうげいできえず

一七四×一七八センチ

写本 広島市立中央図書館

解説 承応二年の出水後堤に高下が生じたため修復目的で作成された絵図。各河岸の水位ほか、正保二年古川が埋立てられて新開となり、太田川各支流の川裾に承応年間までに開かれた小新開が詳記され、当時の海岸線位置が知れる。元禄頃の書写

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む