御霊森跡(読み)ごりようのもりあと

日本歴史地名大系 「御霊森跡」の解説

御霊森跡
ごりようのもりあと

[現在地名]上京区上御霊竪町

応仁以前の景観を描くとされる中昔京師地図には、御霊社(上御霊神社)から相国しようこく寺にかけて森が描かれる。この地は現在の新御霊口しんごりようぐち(現北区)中央以南、上御霊竪町かみごりようたてまち・上御霊馬場ばば町西辺りである。

文正二年(一四六七)正月一七日の真夜中、この地に陣を構えた東軍の畠山政長が、西軍の畠山義就と戦い、政長軍が御霊社に火を放って退去した事件が、応仁の乱の発端になったが、その有様について「応仁記」には「明ル十八日ノ早天ニ御霊ヘ押寄ケル。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 上御霊神社

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む