日本歴史地名大系 「徳延村」の解説
徳延村
とくのぶむら
- 神奈川県:平塚市
- 徳延村
[現在地名]平塚市徳延
東境を
嘉禄三年(一二二七)二月一二日の将軍藤原頼経袖判下文(県史一)によれば「得延郷」ほか五ヵ所が「密厳院下御所地安坊堂本尊・聖教・道具」とともに越後房覚意に安堵され、また年未詳の密厳院寺領注文(県史三)には「得延郷」が走湯山(伊豆山)権現の別当寺
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
東境を
嘉禄三年(一二二七)二月一二日の将軍藤原頼経袖判下文(県史一)によれば「得延郷」ほか五ヵ所が「密厳院下御所地安坊堂本尊・聖教・道具」とともに越後房覚意に安堵され、また年未詳の密厳院寺領注文(県史三)には「得延郷」が走湯山(伊豆山)権現の別当寺
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[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...