徳延村(読み)とくのぶむら

日本歴史地名大系 「徳延村」の解説

徳延村
とくのぶむら

[現在地名]平塚市徳延

東境を金目(かなめ)川が流れ、西は河内(こうち)村・松延(まつのぶ)村、北は友牛(ともうじ)村に接する。北境を東西に通る波多野(はだの)道は村では鎌倉古道ともよばれている。

嘉禄三年(一二二七)二月一二日の将軍藤原頼経袖判下文(県史一)によれば「得延郷」ほか五ヵ所が「密厳院下御所地安坊堂本尊・聖教・道具」とともに越後房覚意に安堵され、また年未詳の密厳院寺領注文(県史三)には「得延郷」が走湯山(伊豆山)権現の別当寺密厳(みつごん)院の所領としてみえる。永正一七年(一五二〇)六月五日の伊勢(北条)氏綱神領寄進状写(同書)には「徳延郷」とみえ、走湯山の神領として寄進されている。天正一七年(一五八九)七月三日には「徳延之内河井分五貫三百文之地」が久翁(きゆうおう)寺(現小田原市)に安堵されている(「北条家朱印状写」県史三)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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