徳淵町(読み)とくぶちまち

日本歴史地名大系 「徳淵町」の解説

徳淵町
とくぶちまち

[現在地名]八代ほん町三―四丁目

城の真南に位置し、まえ川に沿う町で、古くは「とくのふち」といい、高瀬たかせ(現玉名市)河尻かわしり(現熊本市)天草志岐しき(現天草郡)などとともに肥後国の主要な津であった。中国明代の「図書編」に「牙子世六」、「海東諸国紀」に「教信、己卯年、遣使来朝、書称肥後州八代源朝臣教信、約歳遣一船」とあり、また「李朝実録」の世祖天順四年(一四六〇)閏一一月の条に「丁卯 日本国源朝臣教信、遣使来献土物」、成宗成化一三年(一四七七)三月の条に「戊寅 日本国八代太守教信、遣人来献土宜」とある。このほか教信の使節の来航を多く伝えている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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