志堅原村(読み)しちんばるむら

日本歴史地名大系 「志堅原村」の解説

志堅原村
しちんばるむら

[現在地名]玉城村志堅原(しけんばる)

当山(とーやま)村の南東、雄樋(ゆーひ)川の右岸に位置し、南東は海に面する。海を隔てた南東方の奥武(おう)島(奥武村)と併称してオー・シチンバルという。絵図郷村帳に「しけんはる村」、「琉球国由来記」に志堅原村とある。志堅原地頭職は康熙一一年(一六七二)二月二六日に向氏八世向国柱志堅原親雲上朝恩が任じられて同一六年まで勤め(向姓辺土名家家譜)、同四九年には孟氏志堅原親雲上宗相の在任が確認できる(「中山世譜」附巻)。明治六年(一八七三)の脇地頭職志堅原親雲上は家禄・物成はなく、当村からの作得七石余(琉球藩雑記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む