志都呂村(読み)しとろむら

日本歴史地名大系 「志都呂村」の解説

志都呂村
しとろむら

[現在地名]浜松市志都呂町

西鴨江(にしかもえ)村の西に位置。南は篠原(しのはら)村、西は宇布見(うぶみ)村(現雄踏町)。永禄九年(一五六六)二月一〇日の松平家康判物写(紀伊国古文書所収藩中古文書)によれば、引間(ひくま)本領のうち「しとろ之郷」の米三五〇俵(代七〇貫)が江馬時成に与えられている。同一二年二月一九日、徳川家康が松下筑後入道に安堵した浜松庄内本知行地のなかに「志都呂国本所」がみえる(徳川家康判物写「古文書集」所収川口七郎右衛門家蔵古文書)。

松平忠頼領郷村帳に志都路村とみえ、高七五三石余、田五三町八反余・畑七町三反余、うち川成一七石余、ほかに八幡領三石・かんき庵(正保郷帳では含輝庵)領二石。元和三年(一六一七)の水野重仲知行目録に村名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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