惣郷村(読み)そうごうむら

日本歴史地名大系 「惣郷村」の解説

惣郷村
そうごうむら

[現在地名]阿武町大字惣郷

現阿武町最北端に位置し、北は須佐(すさ)村(現須佐町)、西は日本海に面する。海辺部を除いては山間部にあって、村内の中央南に神宮(しんぐう)山(四八三・三メートル)、その東に白須(しらす)山(五五三・七メートル)がそびえる。白須川が村内を貫流して日本海に注ぐ。萩藩領で奥阿武宰判所属。

慶長五年(一六〇〇)の検地帳には「惣合」とあり、同一五年の検地帳には惣合村として総石高四〇〇石余、うち田は二八町余で高三五一石余、畠は四町余で高一七石余、百姓屋敷数五八、小物成一八石余と記される。「注進案」は惣郷村と記し、総田畠町数六九町余、総石高九八二石余、うち大部分を萩藩士児玉五左衛門が知行し、蔵入は一六二石余であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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