慶昌院跡・竹林院跡(読み)けいしよういんあと・ちくりんいんあと

日本歴史地名大系 「慶昌院跡・竹林院跡」の解説

慶昌院跡・竹林院跡
けいしよういんあと・ちくりんいんあと

[現在地名]上対馬町豊

豊にあった寺院の跡。初め慶昌院と号し、近世に竹林院と改めた。宗盛俊の菩提寺であった。永禄三年(一五六〇)「慶昌院」は宗晴宗から屋敷や「中島之たんゑ少分」「ふか浦うねひら」を安堵されているが、これは芳屋(盛俊か)の霊のために桃林が寄進したもので、両霊の茶湯をまかなう地であるという(同年一一月一四日「宗晴康書下」・天正三年六月七日「宗義調書下」豊崎郷給人等判物写)。これは近世にも継承され、正保四年(一六四七)「豊村慶昌院」の居屋敷の境目や寺院建立について安堵された(「宗義成判物」同判物写)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

夏の暑さに体が慣れること。数日から数十日間で起こる短期暑熱順化と、数年または数世代にかけて起こる長期暑熱順化とがある。→寒冷順化[補説]近年では、冷房設備の普及にともない短期暑熱順化が起こりにくくなっ...

暑熱順化の用語解説を読む