慶明村(読み)けいめいむら

日本歴史地名大系 「慶明村」の解説

慶明村
けいめいむら

[現在地名]西区平野町慶明(ひらのちようけいめい)・天(あま)が岡(おか)・長畑町(ながはたちよう)

明石川左岸に位置し、南は居住(いすみ)村。慶長国絵図に慶明寺とみえる。正保郷帳に慶明寺村とあり、田方六四石余・畑方四三石余、芝山あり。元禄郷帳には「古ハ慶明寺村」と注記して村名がみえる。明石藩領押部組に所属。「明石記」によると竪四六間・横三八間、人数八八・家数一三。郷蔵・池八・小藪五・御山・自分山二。八幡宮と大歳森(現大年神社)、臨済宗慶明寺(現臨済宗妙心寺派)、しばり地蔵がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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