成田正右衛門(読み)なりた しょうえもん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「成田正右衛門」の解説

成田正右衛門 なりた-しょうえもん

1803-1865* 江戸時代後期の砲術家
享和3年生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩士。はじめ鳥居平七と称す。兄平八とともに荻野流砲術をまなび,のち長崎で高島秋帆(しゅうはん)について洋式砲術をおさめる。帰藩後砲術師範となり,銃砲の製造,砲台築造にあたった。元治(げんじ)元年12月8日死去。62歳。名は正之。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む