我入道村(読み)がにゆうどうむら

日本歴史地名大系 「我入道村」の解説

我入道村
がにゆうどうむら

[現在地名]沼津市我入道

下香貫しもかぬき村の西、狩野かの川の河口左岸に位置し、南西は海(駿河湾)に面している。「駿河記」に「沼津より川舟にても通ず。狩野川落口なり。漁猟あり。船も入津す。此河港十艘泊すべし」と記されるように漁猟をおもな生業とする村であった。延宝二年(一六七四)には幕府領、安永六年(一七七七)沼津藩領となり、同藩領で幕末に至った(宝暦一三年「村明細帳」楊原村沿革誌、旧高旧領取調帳など)。寛永改高附帳によると田高二三石余・畑高一二石余。元禄郷帳では高三七石余。前掲宝暦一三年(一七六三)村明細帳でも高は変わらず、反別は田二町一反余・畑二町九反余・屋敷二反余、家数八一(うち水呑二)・人数五二二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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