我如古村(読み)がにくむら

日本歴史地名大系 「我如古村」の解説

我如古村
がにくむら

[現在地名]宜野湾我如古がねこ一―四丁目・我如古・佐真下さました志真志しまし一―四丁目

嘉数かかじ村の東にあり、北は宜野湾じのーん村。初め浦添うらしー間切に属し、元和七年(一六二一)三月一六日の尚恭浦添王子朝良宛知行目録(高嶺家文書)に「我仁横村」とある。絵図郷村帳には浦添間切のうちに「かよく村」とある。琉球国高究帳で「がよく村」とあり、高頭四一石余、うち田二五石余・畠一五石余。康熙一〇年(一六七一)以降は宜野湾じのーん間切のうちで、「琉球国由来記」「琉球国旧記」ともに同間切の我如古村とみえる。宜野湾ノロ管轄のヒガワノ嶽があり、拝所は我如古里主所之殿がある。同殿では麦・稲四祭のとき地頭・百姓中が五水・神酒・穂を供えた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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