戦後の上野駅

共同通信ニュース用語解説 「戦後の上野駅」の解説

戦後の上野駅

太平洋戦争後、焼け残った上野駅周辺に闇市ができ、空襲で家を失った人や、海外からの引き揚げ者らがバラックを建てて生活するようになった。総務省資料によると、現在のJR京成電鉄の上野駅間にある地下道には、1945年11月時点で千数百人が暮らし、うち300~400人は戦災孤児ら子どもだったとみられる。高度経済成長期には地方から集団就職で上京する若者らの玄関口となり、演歌歌手井沢八郎いざわ・はちろうによる64年のヒット曲「あゝ上野駅」で歌われた。

更新日:

出典 共同通信社 共同通信ニュース用語解説共同通信ニュース用語解説について 情報

東京都台東区の浅草寺の本尊である観世音菩薩の縁日のうち,特に多くの功徳が得られるとされる功徳日のことで,毎年 7月9,10日がその日にあたる。もとは「千日詣り」といい,本来はこの日に参詣すると 100...

四万六千日の用語解説を読む