戸久新村(読み)とひさしんむら

日本歴史地名大系 「戸久新村」の解説

戸久新村
とひさしんむら

[現在地名]小矢部市戸久新・戸久

浅地(あさじ)村の南、小矢部川左岸の蟹谷(かんだ)丘陵北麓の低位段丘上に立地。トッサともいう。天和元年(一六八一)戸出(といで)村(現高岡市)の十村川合又右衛門が渋江(しぶえ)川に築かれた安養寺(あんようじ)用水堰堤の上流砂子谷(すなごだん)村(現福光町)に戸久用水堰堤を築いた。工事には久戸(ひさと)村(現同上)の善右衛門、太田(おおた)村(現砺波市)の源蔵が協力したという(藪波村史)。戸久用水(延長三里八町)の利用による新田開発で、元禄三年(一六九〇)村立てされ、戸出村と久戸村の頭文字をとり村名とした(「覚書留帳」中島家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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