戸恒村(読み)とづねむら

日本歴史地名大系 「戸恒村」の解説

戸恒村
とづねむら

[現在地名]大平町伯仲(はくちゆう)、小山(おやま)市伯仲

西水代(にしみずしろ)村の南に位置し、南流する永野(ながの)川と巴波(うずま)川が当村の東で合流する。当村が囲む形で兵庫(ひようご)新田村があり、南は蛭沼(ひるぬま)村(現藤岡町)と接する。喜連川家料所記(喜連川文書)の「小山押領之地共」の項に榎本領のうち「与恒郷」とあり、同郷などは永禄三年(一五六〇)まで古河公方の料所であったが、のち小山氏に押領された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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