戸田町(読み)とだまち

日本歴史地名大系 「戸田町」の解説

戸田町
とだまち

[現在地名]西区堀詰(ほりづめ)町

堀詰町の西から北へ、巾下(はばした)筋(尾張志)一名江川(えがわ)町筋(府城志)まで延びる南北道路。戸田町筋(尾張志)あるいは蛯屋(えびや)町筋(府城志)に位置。南は堀詰町に接し、北は信濃屋横(しなのやよこ)町を境に蛯屋町に入る(尾張志、府城志、尾府全図)。清須(きよす)越しと思われるが、移転年月未詳(蓬左遷府記稿)。初めは堀川端西側堀留(ほりどめ)付近、作事方役所の少し南にあった。寛永五年(一六二八)二丁ほど西方の現在地へ移転した。初名は料理人(りようりにん)町という説もあるが、詳細はわからない。元和四年(一六一八)の古記には戸田町とみえるという(名府予録、尾張城南陌名由緒)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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