手越原村(読み)てごしはらむら

日本歴史地名大系 「手越原村」の解説

手越原村
てごしはらむら

[現在地名]静岡市手越原・丸子新田まりこしんでん

安倍あべ郡手越村の南に位置し、同村との間を東海道が通る。古くは手越河原と称された一部とされる(修訂駿河国新風土記)。寛永九年(一六三二)幕府領、宝永二年(一七〇五)旗本落合領となり幕末に至る(「寛政重修諸家譜」など)元禄郷帳では高一五八石余。旧高旧領取調帳では落合領一五八石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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