抜井村(読み)ぬくいむら

日本歴史地名大系 「抜井村」の解説

抜井村
ぬくいむら

[現在地名]望月町布施ふせ

布施川沿い式部新田しきぶしんでん上流に位置し、数ヵ所から湧泉の出ることにかかわる村名で、温井ぬくいとも書かれる(長野県町村誌)

寛永六年(一六二九)小諸こもろ城主松平憲良(忠憲)の許可により清野勘左衛門が開いた新田村で、当初は勘左衛門新田と称されたというが、寛永九年入布施村熊野社造立の棟札には既に「抜井新田 勘左衛門」とみえる。寛延元年(一七四八)の村高八三石余、うち新田一七石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む