持田信夫(読み)モチダ ノブオ

20世紀日本人名事典 「持田信夫」の解説

持田 信夫
モチダ ノブオ

昭和期の経営者 持田製薬会長;持田記念医学薬学振興財団理事長。



生年
大正6(1917)年8月30日

没年
昭和61(1986)年6月19日

出生地
東京都文京区

別名
筆名=持田 旋花(モチダ センカ)

学歴〔年〕
京都大学薬学部〔昭和17年〕卒

主な受賞名〔年〕
紺綬褒章〔昭和50年〕,コメンダトーレ・オムリ勲章(イタリア)〔昭和53年〕「ヴェネツィア―沈みゆく栄光」(写真集),科学技術庁長官賞科学技術功労者表彰〔昭和58年〕,紫綬褒章〔昭和59年〕

経歴
昭和20年持田製薬入社、専務を経て39年以来社長を務め、60年から会長。写真集「ヴェネツィア―沈みゆく栄光」でイタリアの勲章コメンダトール・オムリを受賞。他に写真集「スコットランド風物詩」、随筆集や翻訳書もある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「持田信夫」の解説

持田信夫 もちだ-のぶお

1917-1986 昭和時代後期の経営者。
大正6年8月30日生まれ。昭和20年父良吉の創立した持田製薬に取締役としてはいり,39年2代社長となった。趣味人で,写真集「ヴェネツィア―沈みゆく栄光」ほか,随筆,翻訳の著作がある。昭和61年6月19日死去。68歳。東京出身。京都帝大卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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