揖斐城跡(読み)いびじようあと

日本歴史地名大系 「揖斐城跡」の解説

揖斐城跡
いびじようあと

[現在地名]揖斐川町三輪

三輪みわの町の北、城台じようだい山にある中世の山城跡。土岐氏の築城になる。標高二二〇メートル、比高一八〇メートルの地にあり、本丸は山の最高点に築かれ、南北約五四メートル・東西約一四メートル。その北東に二の丸があり、二の丸東に太鼓櫓跡とされる平地がみられる。「土岐累代記」に「三輪ニ一城ヲ立」とあり、守護土岐頼康が築城し、弟の頼雄を配したという。「新撰美濃志」などによれば、康永二年(一三四三)に頼雄が当城を築城した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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