… 木綿の足袋は長岡三斎の母が茶事に出るごとにはかせたのが始まりという。茶道では木綿物を数寄屋足袋と呼び,革足袋は使用しなかった。明暦3年(1657)の江戸の大火で革羽織などの火事装束の必要性から革の価格が高騰し,木綿の足袋が作られるようになる。…
※「数寄屋足袋」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...