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本光国師日記 ほんこうこくしにっき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

本光国師日記
ほんこうこくしにっき

金地院崇伝が,慶長 15 (1610) 年から寛永 10 (33) 年までの 24年間書き継いだ日記。『国師日記』『崇伝日記』ともいう。続群書類従完成会より7冊で刊行されている。崇伝は徳川家康の側近として駿府におり,黒衣の宰相と呼ばれたが,日記には家康の動静や諸大名からの書状類を収めており,駿府政権の内部のみならず,成立期幕藩制の実態を知るうえでも有用な史料である。また,当時の寺社や仏教界の事件にも崇伝が介入したため,それらの関係事実が記され,江戸幕府の初期寺社統制を知るのに重要である。

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百科事典マイペディアの解説

本光国師日記【ほんこうこくしにっき】

臨済僧以心崇伝(いしんすうでん)(本光国師)の1610年から1633年にわたる日記。47冊。原本は南禅寺金地(こんち)院蔵(国指定重要文化財)。武家・寺社などからの書状写や崇伝が出した書状の留書(とめがき)が中心で,江戸時代初頭の幕府の寺社政策や対朝廷政策,外交などに関する重要記事が多い。

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世界大百科事典 第2版の解説

ほんこうこくしにっき【本光国師日記】

臨済僧以心崇伝(いしんすうでん)(本光国師)の日記。47冊。1610年(慶長15)から33年(寛永10)までの24年間にわたる。五山僧としての素養をもとに,徳川家康の側近として外交,対朝廷問題や宗教行政に参画した崇伝の日記は,江戸幕府初期の政治史研究に欠かせない史料である。また易占や古筆の鑑定に関する記事も多く,文化史上も貴重である。原本は南禅寺金地院(こんちいん)所蔵。【高木 昭作】

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