敷地大塚古墳(読み)しきじおおつかこふん

日本歴史地名大系 「敷地大塚古墳」の解説

敷地大塚古墳
しきじおおつかこふん

[現在地名]小野市敷地町 宮林

加古川中流の左岸台地上に位置する古墳時代中期の大型円墳。南方約七五〇メートルにある小野王塚おのおうづか古墳とともに三〇基以上の大部おおべ古墳群を形成していたが、現在ほとんどが消滅した。径約四七メートル・高さ約一一メートル。幅約三メートルの周濠をめぐらす。昭和一三年(一九三八)土取のため墳丘の三分の二が失われた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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