コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

斉藤仁 さいとう ひとし

2件 の用語解説(斉藤仁の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

斉藤仁 さいとう-ひとし

1961-2015 昭和後期-平成時代の柔道選手,指導者。
昭和36年1月2日生まれ。昭和58年世界選手権の無差別級で優勝。全日本選手権では山下泰裕に勝てなかったが,59年ロス五輪95kg超級で金メダル。ひざをいためて低迷したが,63年全日本選手権で初優勝し復活。同年のソウル五輪95kg超級で連続金メダル。同年引退,のち母校国士舘大の教授,同大柔道部監督。平成20年北京五輪全日本柔道連盟男子監督。24年全日本柔道連盟強化委員長。平成27年1月20日死去。54歳。青森県出身。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

知恵蔵miniの解説

斉藤仁

日本の柔道選手、柔道指導者。1961年1月2日、青森県生まれ。中学時代より活躍し、「全日本柔道選手権大会」では、83年より3年連続で山下泰裕に決勝で挑んだが敗北し、山下引退後の88年に同大会で優勝した。世界大会では、83年、「モスクワ世界選手権」無差別で優勝し、翌84年には「ロサンゼルス五輪」95キロ超級で金メダルを獲得、88年の「ソウル五輪」でも優勝した。2大会連続の五輪金メダルは当時柔道界初の快挙だった。89年に現役を引退し、母校の国士舘大学柔道部コーチ・同大学教授となる。2004年「アテネ五輪」と08年「北京五輪」では日本の男子柔道監督を努め、それぞれ鈴木桂治、石井慧を最重量級の金メダリストに導いた。10年より全日本柔道連盟の男子強化副委員長、12年より同強化委員長となる。13年12月に肝内胆管がんが見つかり、15年1月20日、がん性胸膜炎のため死去。享年54。

(2015-1-23)

出典|(株)朝日新聞出版発行
(C)Asahi Shimbun Pubications Inc
本事典の解説の内容はそれぞれの執筆時点のものです。常に最新の内容であることを保証するものではありません。

斉藤仁の関連キーワード斉藤与里斎藤斉藤さん岩手県胆沢郡金ケ崎町西根斉藤谷地秋田県仙北市角館町薗田斉藤川愛知県丹羽郡扶桑町斉藤愛知県西尾市斉藤町長崎県西彼杵郡長与町斉藤郷斉藤知一郎斉藤俊彦

今日のキーワード

カルテット

四重唱および四重奏。重唱,重奏の形態のなかで最も基本的なもので,声楽ではルネサンスの多声歌曲の形式であるシャンソンやフロットラから始り長い歴史をもつ。器楽も同様で,特に弦楽四重奏は室内楽の全レパートリ...

続きを読む

コトバンク for iPhone

斉藤仁の関連情報