コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

山下泰裕 やましたやすひろ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

山下泰裕
やましたやすひろ

[生]1957.6.1. 熊本
柔道家。中学校 3年生のとき全国大会で優勝。高校 1年生で全国高等学校総合体育大会優勝。1977年全日本柔道選手権大会に史上最年少の 19歳で優勝。その後,1985年まで 9連覇を果たす。1983年世界選手権大会優勝,1984年第23回ロサンゼルス・オリンピック競技大会優勝。国内外合わせて 203連勝を達成した。心・技・体いずれも充実し,立技から寝技への連続攻撃で相手につけ入らせないうまさがあり,「世界の山下」として不動の地位を築いた。1984年,アマチュアスポーツ初の国民栄誉賞を受賞。1985年の現役引退後,東海大学で後進の指導にあたるかたわら,オリンピック競技大会の 1996年アトランタ大会,2000年シドニー大会で日本代表監督を務めた。1992年全日本柔道連盟ヘッドコーチ,1996年同理事,2013年同副会長に就任。2003~07年国際柔道連盟の教育コーチング担当理事を務めた。2007年紫綬褒章受章。(→アトランタ・オリンピック競技大会シドニー・オリンピック競技大会

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル大辞泉の解説

やました‐やすひろ【山下泰裕】

[1957~ ]柔道選手・指導者。熊本の生まれ。昭和52年(1977)当時の最年少記録で全日本選手権優勝。以後、同大会9連覇。同59年ロサンゼルスオリンピックの無差別級で優勝。国民栄誉賞受賞。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

百科事典マイペディアの解説

山下泰裕【やましたやすひろ】

柔道家。熊本県生れ。東海大学卒業。1977年に史上最年少で全日本柔道選手権に優勝し,以後9年連続優勝。1979年,1981年,1983年の世界選手権優勝。1984年のロサンゼルスオリンピック柔道無差別級で金メダルを獲得し,同年国民栄誉賞を受賞。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山下泰裕 やました-やすひろ

1957- 昭和後期-平成時代の柔道選手,指導者。
昭和32年6月1日生まれ。東海大2年の昭和52年全日本選手権に優勝し,史上最年少の日本一になる。以後,同大会9連覇。54年から世界選手権3連覇。59年ロス五輪無差別級で金メダルを獲得し,同年アマチュア選手初の国民栄誉賞。60年の引退まで203連勝を記録。平成4年全日本柔道男子ヘッドコーチ。8年東海大教授,同年全日本柔道連盟理事。15年国際柔道連盟理事。25年日本オリンピック委員会(JOC)理事。同年全日本柔道連盟副会長。熊本県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

山下泰裕
やましたやすひろ
(1957― )

昭和を代表する柔道家。熊本県矢部町(現山都町)生まれ。熊本の藤園中学時代は百戦百勝。1973年(昭和48)熊本・九州学院高校1年のとき、高校総体で史上初の1年生チャンピオン。2年生で東海大相模(さがみ)高校に転校、1974年17歳でヨーロッパ遠征チームに加わり、13戦全勝、1975年には史上3人目の高校生選手として全日本選手権に参加してベスト4に残り、77年には19歳11か月の史上最年少チャンピオンとなった。1977年10月以降、国内、海外での試合で203連勝した。おもな大会では全日本選手権九連覇、世界選手権(1979、1981、1983)三連覇、オリンピック種目となってからはロサンゼルス大会でも金メダルを獲得し、1984年には国民栄誉賞を受賞している。1985年6月17日に現役引退。[石井恒男]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

山下泰裕の関連キーワードロサンゼルスオリンピック(1984年)モハメド ラシュワン全柔連の改革案モスクワ五輪王子谷剛志猪熊 功斉藤仁

山下泰裕の関連情報