…山水・樹石画の写実化や,水墨画の興起にともなって,唐末五代のころから現れ始め,しだいに従来の輪郭線と傅彩(ふさい)のみに頼る方法に取って代わった。描く対象の自然,あるいは画家の個性に応じて,多くの方法が発明され,董源,巨然の披麻皴(ひましゆん),范寛の雨点皴,郭熙の鬼面皴,李唐,馬遠の斧劈皴(ふへきしゆん)が知られ,とくに披麻皴は元末四大家や呉派,斧劈皴は南宋院体画や浙派に継承された。【曾布川 寛】。…
※「斧劈皴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...