新口庄(読み)にのくちのしよう

日本歴史地名大系 「新口庄」の解説

新口庄
にのくちのしよう

興福寺大乗院領荘園。三箇院家抄(内閣文庫蔵大乗院文書)の「散在田」のうちに「御油沙汰在所 新口号新堂十市郡西郷廿一条□(一カ)里 」とある。また応永六年(一三九九)の興福寺造営段米田数帳(春日神社文書)の十市郡に大乗院方として「新口庄六町六反大」ともある。所在は条里からみると現新口町となる。

他に興福寺寺務領(進官庄)もあり、天文五年(一五三六)の「若宮祭礼并十二大会料所、十市郷内、進官庄々事」(京都大学蔵一乗院文書)に「納所三目代方(中略)新口庄 未進在之、沙汰人奥方」、同一五年の「若宮祭礼并十二大会以下所出料所、進官米庄々、十市郷諸庄注文」(同文書)に「新口五町弐段被出了、給人西山方 同領飯高進官入地壱町六段半 内膳新口進官入地、合四反、反別弐斗宛」とも記され、内膳(ないぜん)町にも飛地が存在した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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