新宗道村(読み)しんそうどうむら

日本歴史地名大系 「新宗道村」の解説

新宗道村
しんそうどうむら

[現在地名]千代川村宗道(そうどう)

鬼怒(きぬ)川旧河床の東に所在。北は本宗道(ほんそうどう)村。古くは本宗道村とともに黒(くろす)郷を形成したものと考えられるが、新宗道村の独立年代未詳。「各村旧高簿」によれば幕末には旗本菊地左兵衛知行地一六三石余、大沢四郎知行地七五石余、服部徳三郎知行地七石余、蜷川僖左衛門知行地八五石余、山下権左衛門知行地二七九石余の五給村であった。東北東約二キロにある小集落上地(じようち)は、鬼怒川の堤防決壊を恐れ移住したもので、古老の話によれば明治一五年(一八八二)の鬼怒川大洪水を契機としたと考えられる。

鬼怒川旧河床に臨む宗道神社は古くは黒天王、「宗道のてんのんさま」とよばれ、境内の欅は目通り九メートル余、樹齢八〇〇年以上と推定され、県天然記念物に指定されていたが、昭和五七年(一九八二)伐採された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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