新屋比内南町(読み)あらやひないみなみまち

日本歴史地名大系 「新屋比内南町」の解説

新屋比内南町
あらやひないみなみまち

[現在地名]秋田市新屋比内町

新屋村の南、砂丘地内側に幕末に設置された。異国船渡来以降、秋田藩も海岸防備の必要に迫られ、要所常駐の警備兵を置くこととなった。それが「新家」の取立てで、藩内富豪を選んで士分に取り立て海辺要所に常住させた。禄高借上により貧窮している家士より、武器の調達・家屋の新設などの点で地方の豪家を取り立てたほうが得策と考えたからであろう。嘉永七年(一八五四)二月一六日の覚書(秋田沿革史大成)に次のようにある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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