新平村(読み)につぺいむら

日本歴史地名大系 「新平村」の解説

新平村
につぺいむら

[現在地名]江釣子村新平

滑田なめしだ村の北西に位置し、東流する和賀川下流の台地上に立地。日平村・仁平村とも書かれた。平安時代の駅家跡に擬定される新平遺跡がある。鎌倉後期の和賀氏系図(鬼柳文書)によれば、行蓮(義行)の三男行仏(景行)が「日戸」の牧場ほかを譲られている。日戸は当村にあたるとみられる(北上市史)

慶長八年(一六〇三)一〇月一四日の南部利直知行宛行状(宝翰類聚)に「和賀之内、新平・糠塚」とみえ、花巻郡代北松斎に与えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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