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新日本プロレス しんにほんぷろれす

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知恵蔵2015の解説

新日本プロレス

力道山の門下生だったアントニオ猪木が1972年に日本プロレスから独立して旗揚げ。73年に元柔道全日本選手権者の坂口征二が合流、NET(現・テレビ朝日)がバックにつき、ジャイアント馬場全日本プロレスと並ぶ日本の2大団体となる。猪木は「ストロング・スタイル」を標榜、ボクシングモハメド・アリ、柔道のウイレム・ルスカらとの異種格闘技戦を成功させて人気を呼んだ。その後も初代タイガーマスク(佐山聡)、長州力など数々の人気選手を輩出。90年代以降は蝶野正洋、橋本真也、武藤敬司の「闘魂三銃士」が中心となった。猪木は89年に坂口に社長職を譲り、98年に現役引退。2000年に橋本が離脱して新団体ZERO‐ONEを旗揚げ、02年には武藤が全日本プロレスへ移籍、長州が退団した。新日本プロレス本体は坂口CEO、藤波辰巳社長体制となっていたが、04年6月に猪木の経営顧問、草間政一が社長に就任。05年5月には猪木の娘婿、サイモンケリー猪木が代わって新社長に就任した。05年11月、ゲームソフト会社ユークスが猪木から全株式の51.5%を買い取って筆頭株主になった。

(大野宏 朝日新聞記者 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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世界大百科事典内の新日本プロレスの言及

【プロレス】より

…その後一時低迷したが,元プロ野球巨人軍投手で身長2.09mの巨漢ジャイアント馬場の登場,さらにアントニオ猪木の台頭,元柔道日本一の坂口征二の転向などによって人気を挽回した。72年にアントニオ猪木が新日本プロレスを,ジャイアント馬場が全日本プロレスを結成し,以後は2団体を中心とした時代へ移行した。また76年にアントニオ猪木が,ボクシング世界ヘビー級チャンピオンのムハマッド・アリやミュンヘン・オリンピック柔道優勝者のウィレム・ルスカと〈異種格闘技戦〉を行い話題となった。…

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