新道寺村(読み)しんどうじむら

日本歴史地名大系 「新道寺村」の解説

新道寺村
しんどうじむら

[現在地名]小倉南区新道寺

木下(きのした)村の北、紫(むらさき)川支流東谷(ひがしたに)川の流域にあたる。秋月街道が通る。元和八年人畜改帳に新道寺村とみえ、高五九七石余で家数五六、人数一四六(うち百姓一〇・名子一)、牛一三・馬一〇。郷村高帳では高六九〇石余、うち新田高七三石余。幕末の各村覚書では本高六一六石余、田四五町八反余・畠一三町二反余、物成三四二石余、竈数八九・家数一五四・人数四一二、牛五六・馬一六、法円(ほうえん)寺(現浄土真宗本願寺派)などがある。旧高旧領取調帳では高六七四石余。元治二年(一八六五)平尾(ひらお)台の草刈入用の負担をめぐって小倉藩側と折り合わず、百姓全員が出奔、翌日帰村するものの、逃散に相当するとして首謀者二名を差出している(北九州市史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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