地下水系の発達した石灰岩地域では,地下水の溶食作用によって大小の洞穴が生じる。これらを一般に石灰洞limestone caveというが,多くの場合,洞内は石灰華の堆積によって鍾乳石stalactiteなどが発達しているので,このような洞をとくに鍾乳洞という。しかし,実際には両者をはっきり区別しないことが多い。ふつう,小さい洞は石灰岩の節理や層理あるいは断層に沿って地下水の選択的溶食がはたらき,空隙がひろがったもので,垂直洞(竪穴)や傾斜洞が多く,大きい洞では長い水平洞(横穴)が主洞をなし,これにつながるいくつもの支洞があって,数段に分かれたり,竪穴によって地表に連絡するものもあり,複雑な洞穴形態をもっている。
鍾乳洞の成因について,はじめは石灰岩地における地下河流の溶食作用によって形成されると考えられていたが,近年では,ほとんどの洞は石灰岩体の地下水面下の飽和水帯の中で生まれ,ゆるやかな地下水の移動によって拡大されることがわかった。その後,洞は地下水位の変動にともなって,地下水面付近やそれ以上の位置にあらわれ,飽和水帯浅層(地下水面帯)での地下水流の諸作用によって,横穴型の大きい洞へと成長する。さらに循環水帯で形成された竪穴や傾斜洞とつながったり,また崩壊や埋没,石灰華の修飾も加わって,きわめて複雑で多彩な洞穴景観をあらわすようになるのであり,個々の鍾乳洞は異なった水文環境を反映してそれぞれに異なった発達過程をもつことがわかった。
鍾乳洞の特色は洞内にさまざまな石灰華の二次生成物が見られることである。石灰華travertineは地下水に溶存している炭酸カルシウムCaCO3が水温の変化や水の蒸発などのため炭酸ガスCO2の空中への放出によって過飽和となり,沈殿して方解石の結晶となったもので,それが諸種の洞穴生成物をつくる(図)。洞の天井からつらら状に垂れ下がる鍾乳管や鍾乳石,その直下の洞床に筍状に生長する石筍(せきじゆん)stalagmite,この両者が連結した石灰華柱(石柱ともいう),内傾した洞壁から幕状に垂れ下がる石灰幕limestone curtain,外傾した洞壁に滝状にかかる流華石の一種である石灰華滝,傾斜地を流れ下る水流によってつくられた畦石プールが何段にも鱗状に並んだ石灰華段丘travertine terraceなど変化に富んでいる。また,水滴の落下する池の中につくられる洞穴真珠,天井や洞壁から浸透水によって生長した曲がりくねったヘリクタイト,水面に浮かんだ浮遊カルサイトなどの興味深い生成物の見られるところもある。こうした特異な石灰華の生成物が,各地の観光洞でおもな観光対象となっているが,いずれも学術的に貴重なものである。
一般に鍾乳洞は気温が一定で,多湿であり,光がなく,地上とは異なった特殊な環境をもっているから,そこにすむカニムシ,メクラグモ,ヤスデなどの洞穴性動物は,体色が退化し白色透明になったもの,眼がないもの,触角や触毛がよく発達したものが多いなど特有の生態をもつことが知られている。また,夜行性のコウモリは鍾乳洞をねぐらとして群生していることが多い。さらに,洞内の堆積土の中には,洞内外の動物の化石骨が豊富に発見されることで注目されており,また鍾乳洞が先史人類の住居として利用され,その人骨や遺物が各地で発掘されている。鍾乳洞の研究に関して,今日では地理学,生物学,人類学,考古学,地質学,探検技術(ケービング)などの諸分野をふくむ洞穴学speleologyという新しい学問も成立している。
日本における石灰岩の分布は小規模で分散的であるが,広く全国にわたっていて,各地に特色ある鍾乳洞が見られる。とくに山口県の秋吉台は面積約130km2を占める石灰岩台地で,現在まで270をこえる鍾乳洞の存在が知られており,日本最大の鍾乳洞密集地域である。なかでも特別天然記念物の秋芳洞(あきよしどう)は照明設備のととのった見学できる部分だけでも約1.5kmあり,容積41万m3の巨洞である。岩手県の安家洞(あつかどう)は支洞数が50以上もある迷路状の鍾乳洞で,その総延長は8km(2006年現在23.7km)に及ぶ日本最長の洞である。このほか沖縄県の玉泉洞(5km),熊本県の球泉洞(4km),東京都の日原三又洞(3.2km)などが長大な洞として知られる。深い竪穴型の洞では新潟県の白蓮洞(深さ450m),青海千里洞(深さ405m)が有名である。
海外では早くから調査,探検の進んでいるヨーロッパや広大な石灰岩地域をもつアメリカ合衆国,さらに中国などに巨大な洞が多い。世界最大の洞としてよく知られていたアメリカ合衆国ケンタッキー州のマンモス・ケーブは,1972年にその北側にあるフリントリッジ・ケーブと連結していることがわかり,さらに1979年にはその南側のプロクター・ケーブとも連結していることが発見され,その総延長は実に361.2kmにも達する世界最長の洞となり,現在はフリント・マンモス洞窟系と呼ばれている。このほかにはウクライナのオプティミスティチェスカヤ洞(142.4km),スイスのヘルロッホ洞(139.4km),アメリカのジュエル洞(104.7km)などは,いずれも100kmをこえる巨大なもので,日本の鍾乳洞とは比較にならぬほど大規模である。また,世界最深の洞は,フランスのジャン・ベルナール洞で,アルプス山地の標高2210mの地点に開口し,そこから最低点まで深さ1455mで,洞の延長はなお水中に続いている。そのほか1979年に発見されたスペインのプエルタス・デ・リャミナ洞(深さ1338m),ピレネー山地にあって,フランスとスペイン両国にまたがるピエール・サン・マルタン洞(深さ1332m)などが深い洞として知られている。
執筆者:三浦 肇
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
石灰洞ともいい、カルスト地形の一種。石灰岩地域の地下に地下水の溶食によってできた洞穴(どうけつ)。石灰岩地域に降った雨は、地表を流れるとともに速やかに浸透し、地下水として流動しつつ地中に迷路状の洞穴をつくる。これは、石灰岩の主成分である炭酸カルシウムが炭酸ガスを含む地下水と次のような可逆反応をおこし、可溶性の重炭酸カルシウムを生ずるからである。
CaCO3+CO2+H2O⇄Ca(HCO3)2
この反応によって石灰岩が溶け、洞穴ができると、天井からにじみ出てくる重炭酸カルシウムの溶液が洞中に水滴となって落下し、炭酸カルシウムを晶出する。これが長年の間に天井からつらら状に成長して鍾乳石をつくり、一方、水滴の落下する洞床上にはタケノコ状の石筍(せきじゅん)をつくる。鍾乳石と石筍とが接続して石灰柱を形成することもある。洞底を流れる地下水流が、滝や早瀬で多数の皿を重ねたような形の石灰華段丘(せっかいかだんきゅう)(百枚皿)などを形成し、洞穴はしだいに閉塞(へいそく)されていく。
鍾乳洞は数段に分かれてつくられていることもあり、洞穴内を地下川(ちかせん)が流れていることも多い。迷路状になった地下川の流向や流域内の流量を正しく求めることはきわめて困難であるが、1970年代以降、アイソトープ(同位体)などを用いて、石灰岩地域の地下水系を明らかにしようとする研究も進んできた。洞穴内の水質は流量や水温、天井の厚さとか地表の植生などに支配され、かならずしも一定ではないが、一般的にカルシウム硬度に起因しての総硬度、蒸発残留物、pH(水素イオン濃度)などがきわめて高く、飲料水には適さない。
世界最大の鍾乳洞は、アメリカのケンタッキー州にあるマンモス・ケーブ国立公園のもので、長さ580キロメートル以上、最大幅150キロメートル、高さ80メートルにも及ぶ。アドリア海に沿ったバルカン半島のディナル高原地帯には20余りの大きな鍾乳洞が分布しているが、スロベニアのポストイナの洞窟(どうくつ)は有名で洞内に軌道が敷かれ、機関車に乗って見物するほどのものである。日本では、岩手県の安家(あっか)洞(長さ23.7キロメートル、日本で最長)、広島県帝釈(たいしゃく)台の白雲洞、山口県秋吉台の秋芳(あきよし)洞、高知県の龍河(りゅうが)洞、大分県の風連(ふうれん)洞などが有名。鍾乳洞は、陸水学、地質学、生物学、考古学などの研究対象として重要で、これらを総合した洞穴学という学問分野がある。鍾乳洞は、まだまだ調査研究を行うべき段階にあると考えられている。
[三井嘉都夫]
『河野道弘著『秋吉台の鍾乳洞』(1980・帰水会)』▽『山内平三郎著・写真『鍾乳洞の世界』(1985・沖縄出版)』▽『桜井進嗣著『未踏の大洞窟へ 秋芳洞探検物語』(1999・海鳥社)』
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… 石灰岩地では,地表に凹地やカレンフェルトの地形が貧弱であっても,その地下には,地下水の溶食作用によって形成された洞穴をもっていることが多い。このようなカルスト地域の洞穴は一般に石灰洞というが,その洞内がしばしば鍾乳石などの石灰華の堆積によって修飾されているので,鍾乳洞とも呼ぶ。石灰洞には横穴型の水平洞と縦穴型の垂直洞の二つの主要な型と,これから派生する複雑な形の傾斜洞があり,これらが連結して,一つの洞穴系を形成している。…
…断面が入口のところで最大となるものは,岩陰と呼んで区別している。自然の洞窟のうちで最も数が多いのは,石灰岩の中にできる石灰洞であって,鍾乳石などの二次生成物が多く見られるので,一般に鍾乳洞と呼ばれる。石灰洞は,雨水や河川水や地下水の化学的溶食作用と物理的浸食作用とが働きあい,石灰岩内部の弱い個所を除き去った結果として形成される。…
※「鍾乳洞」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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