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逃散 ちょうさん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

逃散
ちょうさん

農民が領主の誅求に対する反抗手段の一つとして他領に逃亡すること。この種の反抗は,令制下では逃亡,浮浪といい,平安時代には逃散といわれ,特に鎌倉時代末期以降になると,強訴 (ごうそ) ,一揆などとともに頻発した。

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デジタル大辞泉の解説

ちょう‐さん〔テウ‐〕【逃散】

中世以降の農民闘争の一形態。領主への抵抗手段として、一村を挙げて耕作を放棄し、山野や他領へ逃亡したこと。とうさん。

とう‐さん〔タウ‐〕【逃散】

ちょうさん(逃散)

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百科事典マイペディアの解説

逃散【ちょうさん】

農民が自分の耕作地を放棄して逃亡すること。逃散には個々の農民が行う欠落(かけおち)と,集団で行うものとがあり,後者は支配者に対する有効な自覚的抵抗手段として14世紀ころから激増。
→関連項目一揆佐々目郷三閉伊一揆荘家の一揆信達騒動鞆淵荘夫役政基公旅引付弓削島荘

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょうさん【逃散】


[中世]
 荘園制下の農民が,その家屋敷・田畠をすて荘外に逃亡することで,領主に対する抵抗の一形態。逃散には,個々の農民が行うもの(欠落(かけおち))と,集団で行うものとがあったが,惣村の成立以後,後者は自覚的な抵抗形態となり,逃散は単なる逐電と区別されるようになった。荘園制下の農民は,年貢課役の減免,非法代官の罷免などの要求を通すため,しばしば一揆を結成し,強訴(ごうそ)を行ったが,なお要求が認められない場合,最後の手段として全員が荘外に逃亡する逃散を行った。

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大辞林 第三版の解説

ちょうさん【逃散】

中世・近世、農民が耕作を放棄して他領へ移ること。多く領主に対する示威的な闘争手段として行われた。とうさん。じょうさん。 〔「ちょう」は「逃」の呉音から〕

とうさん【逃散】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

逃散
ちょうさん

中世の農民闘争の一形態で、多くの農民が田畑を捨てて他所に逃れることをいう。類似の行為は古くからみられるが、古代の場合には、これを逃亡、浮浪とよび、重課に耐えかねた農民たちが、貴族・社寺・地方豪族の所領に流入し、課役を逃れようとするものであった。しかし、中世の逃散はさらに積極的な意味を帯びたもので、荘園(しょうえん)領主に対し年貢・夫役(ぶやく)の減免、非法代官の排斥、井料(いりょう)の下行(げぎょう)(用水の管理費の給付)などを要求し、この要求が認められなかった場合に行われた。したがって、古代の逃亡とは異なり、村落の惣(そう)的結合を基盤とし、多数の農民が集団的な行動をとった。そのため、領主の受ける打撃も大きく、逃散を受けた領主が年貢を減免したり、非法のあった代官を改替させる事例も多かった。戦国・織豊(しょくほう)時代には数か村の百姓が申し合わせて逃散することもあったが、幕藩体制のもとでは厳重に禁止されたために、しだいに下火となった。なお、中世においても1人あるいは数人が村落を逃れ去る行為はあったが、これらは欠落(かけおち)、逐電(ちくでん)とよばれ、逃散と区別されている。[黒川直則]
『中村吉治著『土一揆研究』(1974・校倉書房)』

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世界大百科事典内の逃散の言及

【中世社会】より

…それは同時に共同体成員すなわち自由民としての義務とうけとられていたので,これを果たしていれば平民の移動の自由は保証されたが,種子・農料の下行や出挙をうけながら,年貢・公事を未進(みしん)することは,自分自身あるいは子供を身代(みのしろ)として贖(あがな)わなくてはならない罪であった。中世社会にはこのような未進,それに伴う借銭によって下人に身を落とす人々が多く,なかには共同体から離脱・逃散(ちようさん)して浮浪するものも少なくなかったのである。 しかも田畠はまだ荒れやすく,川成(かわなり)・不作として休耕しなくてはならないこともしばしばで,畿内とその周辺などでは田畠の年貢部分をこえる得分(とくぶん),加地子(かじし)の得分や耕作権が売買の対象になっているが,全般的には不安定な田畠に対する平民の権利は弱体であった。…

【手余地】より

…日本の近世期に,手不足のために耕作放棄された耕地をいう。初期には,その最大の原因は領主の苛斂誅求(かれんちゆうきゆう)にあり,年貢諸役の負担に耐えかねた百姓が逃散(ちようさん),走り,潰れ(つぶれ)などで離村し,その跡に手余地が発生した。例えば1618年(元和4)春,会津藩(蒲生氏)領の栃窪村では年貢諸役の重圧に抗して村ぐるみで百姓が逃散し,これに対して藩は年貢諸役を免じて〈田地は作取(つくりとり),諸役之儀も申付間敷……未進をも用捨〉と譲歩したが百姓は帰村せず,同年10月には肝煎(きもいり)以下全員が村に不在という荒廃状態になった。…

【野】より

…平安時代以降,王臣貴族や寺社による野の占有,開発(かいほつ)は抑え難い勢いで進み,天皇家も蔵人所(くろうどどころ)猟野を定めており,院政期以後に立券された荘園の四至(しいし)内には,それぞれに区別され,丈量された原と野とが見いだされる。しかし鎌倉時代以降も,逃散(ちようさん)する百姓たちがしばしば〈山野に交わる〉といったように,野は,そこで起こった闘諍はその場のみで処理される無主の地,アジール的な特質を失っていない。とはいえ山林と違い,江戸時代には灌漑,治水の技術の発展とともに,武蔵野をはじめ野の開発は急速に進行していった。…

【走者】より

…逃亡を〈走る〉と表現する例は中世に広くみられるが,走者という語法はそれほど一般的ではない。その実態は被官・中間(ちゆうげん)・下人・百姓など多様であるが,逃散(ちようさん)のような組織的な公然たる抵抗をあらわす逃亡よりは,むしろ走入(はしりいり)・欠落(かけおち)など,負債や困窮を原因とする個別的なひそかな逃亡についていい,中世を通じてその例は多い。そのため村落の内部で〈はしり候者見かくし候はば,となり三間として御年貢納所仕るべし〉(《今堀日吉神社文書》)と,走者を隣人の連帯責任として規制した村掟もみられる。…

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