新鶴村(読み)にいつるむら

日本歴史地名大系 「新鶴村」の解説

新鶴村
にいつるむら

面積:四〇・五四平方キロ

会津盆地西部にあり、東端みや(鶴沼川)が北流し、中央部を佐賀瀬さかせ川が北東流し、梁田やなだで南東に流路を変え、宮川に合流する。北は河沼郡会津坂下あいづばんげ町、東は北会津郡北会津村、南は会津高田あいづたかだ町、西は河沼郡柳津やないづ町に接する。南北にJR只見線が縦貫し、バス路線も縦横に走り、比較的交通の便がよい。

中田なかだの観音で知られる弘安こうあん寺は文応元年(一二六〇)に開かれたと伝え、本尊十一面観音の背銘に文永一一年(一二七四)の紀年銘がある。田子たご薬師堂は建久八年(一一九七)の開創と伝え、平地の村々は遅くとも鎌倉時代には相当な生産力をもっていたと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報