方上庄(読み)かたかみのしよう

日本歴史地名大系 「方上庄」の解説

方上庄
かたかみのしよう

天暦五年(九五一)一〇月二三日付の越前国足羽郡庁(東南院文書)の連署のうちに「方上御庄惣別当生江(草名)」とみえる。郡庁の構成員が当庄の惣別当を兼ねていたことがわかる。「中右記」嘉保元年(一〇九四)三月一一日条では、鹿田・楠葉・佐保殿とともに、殿下渡領の一として荘名がみえる。また平安時代末期に成立した「執政所抄」四月一九日の記事には次のようにある。

<資料は省略されています>

さらに陽明文庫蔵「兵範記」仁安二年(一一六七)一〇・一一月巻裏の某書状によると、かつて本田一〇〇町をもって不輸荘として、勅事・国役を停止すべき由国司庁宣が下ったが、田堵らが国領兼作の威を募って所当を弁済せず、四ヵ寺仏餉ならびに南京唯識料米などが欠如するありさまであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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