日新堂跡(読み)につしんどうあと

日本歴史地名大系 「日新堂跡」の解説

日新堂跡
につしんどうあと

[現在地名]矢島町矢島町

矢島藩の藩校。創立の年代は安政年間(一八五四―六〇)といわれ、藩主生駒親道が陣屋大手前厩長屋に設置した。諸藩が教学振興を藩政改革の一つとしているのに倣い、始めたもの。

戊辰戦争兵火に遭い、明治二年(一八六九)まで新荘しんじよう村の民家を借り上げて教場とし、同三年から四年まで城内じようない村の祥雲しよううん寺を教場にあてた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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