日比津城跡(読み)ひびつじようあと

日本歴史地名大系 「日比津城跡」の解説

日比津城跡
ひびつじようあと

[現在地名]中村区日比津町

天保村絵図によれば、定徳じようとく寺の南側と大円だいえん寺の北側に二ヵ所「城址」と記されている。「寛文覚書」に古城跡(野尻藤松居城)と古城屋敷(野尻掃部居城)が記録されている。後者は、大円寺書上帳に「畑二段歩古屋敷長二十間、横十八間、三方藪」とあり、「日比津ノ乾屋敷」と記されている(尾張志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む