日連村(読み)ひづれむら

日本歴史地名大系 「日連村」の解説

日連村
ひづれむら

[現在地名]藤野町日連

相模川上流右岸、段丘上に位置する。西は名倉(なぐら)村、南は牧野(まぎの)村、北は吉野(よしの)村と与瀬(よせ)村(現相模湖町)、東は若柳(わかやなぎ)村・寸沢嵐(すあらし)村(現相模湖町)に接する。

年未詳四月二一日将軍足利義詮書状(県史三)に、亡父尊氏が鎌倉極楽(ごくらく)寺に舎利会料所として「相模国毛利庄、奥三保内若柳・日連・牧野等」を寄進したことがみえる。「風土記稿」に当村蔵王権現社所蔵の鰐口(現在、東京国立博物館蔵)の図を載せるが、その銘に「相州奥三保日連村金峯鰐口一口 応安七年甲子八月日施主藤原友守」とある。小田原衆所領役帳に「日連之村、是も半所務」として「五貫五百文 井上隼人佑、四貫弐百文 同甚三郎、六貫弐百文 尾崎掃部介、十弐貫三百文 守屋雅楽介同四郎左衛門、両人拘、以上廿八貫弐百文」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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